良くない影響その1、その2、その3については前回をご参照ください。
主に、ネットでよく出回る悪影響を中心にまとめの考察と分析をしてみました。
例えるなら今、無印⇒Z⇒GTってところですね。
ロマンティックあげるよ的なドラゴンボールの良い影響が前々回の記事。
僕達は天使だったはずの悟飯がエンジェラ(天使)じゃなくて、ビーデル(悪魔)と結婚しちゃったよが前回の記事。
今回はDANDAN心惹かれてく感じにしたいですね。
……どうしても、書きたかっただけです。
良くない影響その4。
「バトル漫画だから仕方ないが、闘うことで問題を解決する。主人公の目的が闘うこと」
バトル漫画の宿命だから仕方ないかもしれませんが、問題の解決方法が闘うことなのは良くない影響です。
やたら会話能力が高い「オラ、話せばわかると思うぞ。フリーザと話し合ってくっぞ」みたいな悟空は最早別人ですが、DOLLAGON BALL Z当たりからは「ドラゴンボール=バトル」という作品になってしまいました。
勿論、そのお蔭で親子かめはめ波やベジータの登場、超サイヤ人と最高峰のバトル展開が繰り広げられ、世界中に大きな影響力を持ちました。
無印の頃のようなほのぼのした鳥山明先生的西遊記では、ここまで強い影響力を持てなかったかもしれません。
都市伝説のような話ですが、セル編が終わった頃に主人公が悟飯にシフトチェンジしましたが、鳥山明先生は「長期連載するのなら、世代交代をさせたい」と編集部と交渉したという話があります。
惑星を壊せるほどの身体能力を持った高校生が、目立たないように高校に通い、グレートサイヤマンとして銀行強盗などの犯人を挫くというほのぼの系ほっこりギャグ路線です。
しかし、主人公は悟空に戻ってしまい、連載も終了してしまいました。
論点を「闘うこと」に絞りますが、悟空と悟飯は大きな違いがあります。
悟空はスト2のリュウのように「俺より強い奴に会いに行く」という根っからのバトル好きのサイヤ人です。
一方、悟飯は「ボクは闘うのが好きじゃないんだ」という温厚な性格(キレるとヤバイ)です。
問題点は、闘うことが目的の悟空から、闘わずに問題を解決したい悟飯に主人公が交代されたのに、結局は悟空に主人公が戻されてしまった点です。
グッズ販売、視聴率、単行本と雑誌の売上冊数など様々な事情が影響したとは思いますが、もし周りにいる人達が「ドラゴンボールを世界で通用する半永久的に続く子供達の教科書を目指そう」という認識だったら、サザエさんのように今も放送されていたのではないかと思います。
私が根っからのドラゴンボール好きだからかもしれませんが、サザエさんは今も放送されているのに、ドラゴンボールは途切れ途切れなのが悔しいのです。
主人公の再交代劇でわかるように、結局はドラゴンボールは「闘うことが目的」のバトル漫画になりました。
もし、主人公が悟飯になり、その次に悟天。孫のパンまで現在も連載されていたら、もっと違う影響力を持っていたのではないかと思います。
良くない影響その5。
「怒ることで強くなる。怒って殴れば大半の問題が解決してしまう。キレることが正当化されている」
超サイヤ人当たりから顕著な傾向になってきました。
キレたもん勝ちです。
これを軍事国家や武装集団にあてはめたら、危険さは容易に想像できると思います。
ドラゴンボールの功罪
という記事が、簡潔に上手にまとめられていると思います。勉強になりました。
悟空がキレて、敵も負けそうになりキレる。ついでにベジータも悔しさからキレる。
ベジータが言っていた「超サイヤ人のバーゲンセール」は、キレるバーゲンセールのことだったのかもしれません。
何が言いたいのかというと、「怒ることで大半の問題が解決される。そのため、怒ることがまかり通る」という論理的背景に問題があります。
悟空やベジータ達がキレることを誰も注意しません。
結局は「強くなるためなら何したっていい」という理屈ばかり大きくなっていきました。
漫画やアニメの世界だからで終わらせればそれまでですが、私達の現実とはあまりにもかけ離れた世界です。
「孫、この頃最近キレすぎじゃないか?」とか冷静に指摘するピッコロさんとか見てみたかったです。
「怒り」という感情にどう向き合うかは人類のテーマです。
例えば、ネイルと同化したピッコロさんの「殺されたナメック星人達の怒りをおもいしれ!」は正当な怒りだと思います。
重要なのは、怒りの矛先と手段です。
とち狂ったピッコロさんが色んなナメック星人達と同化、融合して惑星フリーザを破壊してしまったら、矛先も手段も明らかに間違っています。
書いててしみじみ思いましたが、私達の知っているピッコロさんで本当に良かったです。
未来トランクスが超サイヤ人になるエピソードは秀逸です。
才能も強さもあるけども、いくら師匠の悟飯と修行をしても超サイヤ人になれない。
人造人間17号と18号は、変わらずに世界中を好き勝手破壊している。
そして、最も敬愛する師匠の悟飯は、自分を守るために自分を置き去りにして死んでしまう。
降りしきる雨の中、悟飯の遺体を目にしたトランクスは人造人間達への怒り、それ以上にも勝る自分への怒りによって伝説の超サイヤ人に目覚める。
未来悟飯の「トランクス、お前が最後の希望だ」ってセリフは本当にいいですね。
タイムマシーンに「HOPE」と書かれていたり、キャラクターソングが「蒼い風のHOPE」なのもなおいいです。
笑えないのは、正当な怒り方をして超サイヤ人に目覚めたのはトランクスが最後です。
本当に最後の希望になってしまいました。
つい感情が乗ってしまい長々とエピソードを書いてしまいましたが、漫画における影響力とは「心の揺さぶり」だと思います。
セル編以降は、目的よりも強さが優先されてしまっています。
合体はするは吸収はするは融合はするは……手段問わずです。
この「手段を問わず」というのが厄介なテーマです。
結局、一番怒りをこらえようとしていたのが、少年悟飯ですから。
悟空は良かれと思っての期待でしょうが、責任を息子に押し付けてしまいますからね。
抜粋しますが、このシーンが一番わかりやすいと思います。
ピッコロ「悟空…きさまは間違っている!
悟飯はきさまのように闘いが好きじゃないんだ…
その作戦悟飯はちゃんと知っているのか?ちゃんと話し合ったのか? 」
「今悟飯が、何を思っているか分かるか!?怒りなんかじゃない!!
なぜ、お父さんは僕がこんなに苦しんで死にそうなのに助けてくれないんだろう……
「僕の命よりフェアな男らしい勝負の方が大切なんだろうか…と…
「忘れるな…!! 実力はナンバーワンになっても、あいつはまだ子供だ…!!」
……悟空のキョトンとした顔が印象的ですね。
誰でもそうだと思いますが、言われなければ気づかなかったんでしょうね。
それにしても、ピッコロさんは「地球を…なめるなよ!」といい、「貴様らに殺されたナメック星人の怒りをおもいしれ」といい名言が多いですね。
嫌なのにキレることで問題を解決した悟飯の葛藤は、その後の安穏とした生活を見れば紐解けるかもしれません。
悟空も悟飯に必要以上に責任を持たせず、のんびりと自由な意志で人生を楽しんでもらいたかったのかもしれません。
戦闘以外に余計なアドバイスをしない悟空は、それはそれで魅力と良い影響がありますからね。
悟空「悟飯!おめえ、修行さぼってたな!」
悟飯「えへへ、勉強が忙しくて(照れ笑い)」
……この流れは、主人公としても父親としてもいかんですね。
悟空が大好きだからこその無い物ねだりですが、ビシッと締めるところは締めて頂きたかったです。
というか、7年も修行サボって、ダーブラと互角って悟飯のポテンシャルはとんでもないですね。
個人的には、更に新作が公式から出たら、悟飯の成長物語と真のバトンタッチを望んでいます。
一方、ゴテンクスに修行を教える時の悟空は、切羽詰まっているせいか厳しさが前面に出てて好きです。
ピッコロさんのフォローと細かい技術指導もポイント高いですし。
……これ以上は長くなって駄文になるので、まとめます。
「手段が目的に変わり、目的のためには手段を選ばなくなってしまう」
私達はドラゴンボールからもそんな大切なことを学べると思います。
最後に、大好きな「僕達は天使だった」の歌詞にもありますが、
「傷つき、そして学んでいこう」
これが私達、ドラゴンボールの大ファンもそうではない方達にも通じる大事なメッセージだと私は学びました。
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